PRIME
-人間の内面と呼応する建築空間-
メッセージ
message
空間は
人の心の中に安らぎや希望を
生み出す力を持っています。
人間の内面が
自らを包み込む空間と呼応するとき
心は豊かに満ち
生きる力を得るのではないでしょうか。

そのような思いから
「人間の内面と呼応する建築空間」
をテーマに
建築の設計・監理に取り組んでいます。
また、まちづくりを通して
人と人との関わりの中から
心を育む環境空間の
創造をめざしています。

建主の方の、考え方、夢や希望や
敷地独特の条件や特徴を生かすことから
「安らぎ」を感じつつ
「心の広がる」住空間を
形づくっていきたいと考えています。
そして、独創的で、心地よく
美しいことが機能的である
そんな住宅を実現したいと考えています。
コンセプト
concept
『人間の内面と呼応する建築空間』
初出 建設ジャーナル2009年8月号
 ▼
環境の影響を受ける人間
 「人間は環境の影響を受ける」とよくいわれます。ここでの影響とは、物理的・身体的な面よりむしろ、感情や気持ちといった人間の精神面への影響です。 その積み重ねが、人間一人ひとりが物事を感じ、考える基盤となる内面世界の形成まで左右することへの警鐘を込めた言葉なのです。 あらためて身の回りを眺めると私たちは、1日のほとんどを建築に囲まれて過ごしています。 建築空間は「環境」の重要な一部として、長い時間に渡って私たちの内面に働きかけ、その内的世界の形成に大きな影響を与え続けているのです。 だからこそ建築空間が人間の内面と呼応することは、とても重要ではないでしょうか。そう考え、私は「人間の内面と呼応する建築空間」をテーマに建築設計に向かってきました。
確かな基盤と自由の希求
 ここで建築空間と人間の内面との関係を考えてみましょう。建築空間の中にいて「ここは自分の居場所だ」と感じられる時、人は何ともいえない落ち着き、安らぎを感じます。 「居場所を感じる」とは、守られた領域が感じられるということであり、この確かな基盤のもと、人間は安心して自分の存在を確認することができるのではないでしょうか。
 一方、人間は広がりを求めます。守られた領域を望みつつも、閉じこめられるのを嫌います。広がりを求めるということは、自由を希求するという人間本来の願望であり、未来に夢を馳せる力の源泉ともいえるでしょう。 同じ広い空間にいても、それを望むべき広がりと感じるか、茫漠たる不安と感じるかは、その瞬間、確かな自分を感じられるか、自分が頼りなく不確かなものに感じられるかに、深く関わってきます。 人間は確かな基盤があってこそ、広がりを自分のものとできるのです。さらに、広がりを感じることは、確かな自分を再確認することへとつながります。 守られていることと広がりを感じることは、補い合いながら、人間の内面を支えているのです。
守られつつ広がる空間
 さて人間は、現実の空間を、中心にいる自分とその廻りに広がる空間という2つの感覚で捉えています。 だから、自分が守られた中心にいると感じられることと、廻りに自由な広がりが感じられるという2つのことは、人間の基本的な空間認識と一致しているのです。 建築空間において、守られた領域を確かに感じつつ、廻りの空間に対して伸びやかな広がりや開放感が感じられる時、本当の意味で、自分らしさを育むことができるのではないでしょうか。 この「守られた領域」と「思いの広がる空間」が「人間の内面と呼応する建築空間」というテーマに向かう中で見えてきた、2つの大切なことなのです。
 この2つは、実際の建築においては、それぞれの敷地・用途・規模などに応じて様々な形をとります。その具体的な姿は、建築作品をご覧いただければと思います。 一人ひとりが、物質面はもとより、精神的な豊かさを求める現代において、建築空間にできることはますます大きいと思います。 この世の中に、一人ひとりが確かな自分を見つけ、深めていける、そういう建築が一つひとつ実現していくことを願っています。
『この建築家に会いたい』
初出 ニューハウス 2003年5月号
 ▼
家づくり 大切なこと
when planning houses
『人の絆を育む家』 1
初出 住宅新報2012年3月6日号
 ▼
 3.11大震災は、私たちの心に人と人との絆の大切さを深く刻むこととなりました。家は、家族の生命と財産を守る場であるとともに、家族の絆を深める場であってほしい、多くの方がそう感じているのではないでしょうか。
絆を育む家とはどういう家なのか、そもそも家にそのような力があるのか。人間の心に関わるこの問題に対して、住宅はいかにこたえることができるのでしょうか。一緒に考えていきましょう。
人間の内面に影響を与える建築空間
 家を建てる時、みなさんは何を大切に考えるでしょうか。構造の安全性、便利さや使いやすさ、断熱や空調の性能などいろいろなことが思い浮かびますが、これらのことはたいてい数値に換算して評価できます。 しかし、人の絆というものは数値化できません。この曖昧模糊とした「心の問題」にそもそも住宅や建築は対応できるのかと疑問に思う方もいらっしゃるでしょう。まずこの点から考えてみます。
 最初に思い起こしたいのは、人間は環境の影響を受けるということです。よく「子どもにはよい教育環境を」などといわれますが、ここでいう「環境からの影響」とは、物理的・身体的な影響はもとより、感情とか気持ちといった精神面への影響を意味します。 その影響の積み重ねが、人間がものごとを考える基盤となる内面世界の形成にまで大きな影響を与えることを警鐘を込めて語っているわけです。
 私たちは多くの時間を建築空間の中ですごしており、建築空間が「環境」の重要な一部であることは確かです。一つの部屋の扉や窓の配置、部屋の大きさや他の部屋との位置関係、そういったこと全てが、私たちの視覚世界を形づくり、行動を規制します。 私たちは目の前の建築の姿を前提として毎日の生活を築いていかざるを得ないのです。こうして建築空間は動かしがたい一つの環境として、私たちの内面に働きかけ、内的世界の形成に影響を与えていきます。 人が複数になると、双方の関係に及ぼす建築の影響は個人の意識を超えてさらに大きくなります。自分と相手がともにいる場が快適であれば、ともにすごす時間はよりよいものになり、逆に不快な場だとそれだけでいい関係を結びにくくなります。 家族が毎日をすごす住空間のあり方は、お互いの関係形成に影響し、ひいては家族の絆という内面的な営みまでも変えてしまう力を持っているのです。
人と人とのいい関係とは
それでは、どうしたら家族の絆は深まるのでしょうか。家族が皆いつも同じ一つの空間で過ごしていれば、それだけで絆は自ずと育まれるのでしょうか。 それで十分だと感じる方もいるでしょうが、家族といえども自分自身の世界はしっかり守りたいと感じる方もいることでしょう。ここで大切なことは一人一人が独立した人格をもった人間であるということです。 人は自らの世界が冒されそうになると、本能的に心を閉ざし自分の世界を防御します。それは子どもでも同じです。 そのように心を閉ざしていては他者との心の絆が生まれるわけがありません。人が心を開くためには、自分の世界が守られているという確かな実感が必要になります。 一方、個人の世界ばかりがしっかり守られ、そこに閉じこもって何の不都合もなくなると、家族ですごす必要を感じなくなり一緒に住む意味さえ失いかねません。 どうしたら「一人一人が守られていること」と「ともに過ごすこと」とを両立させることができるのでしょうか。
 そのことを考えるヒントとして一つのたとえ話を紹介します。心理学の分野で「ヤマアラシ夫婦のジレンマ」といわれる話です。 ヤマアラシは全身にとげがある動物で、夫婦が暖をとろうと体を寄せ合うとそれぞれのトゲで相手を傷つけてしまいます。でも離れ過ぎると今度は寒さで凍えます。 双方にとってちょうどいい距離を見つけて、はじめてお互いのいい関係を築くことができたという話です。 これを家におきかえると、家族一人一人が自分の世界を浸食されないと感じられる必要があり、その前提のもと一緒にいる方が暖かい、居心地がいいと思うとき、お互いのいい関係が生まれるということになります。 『個の世界が守られつつ、同時にともにすごす喜びを感じられる』そのような建築空間が絆を育む住宅といえそうです。
『人の絆を育む家』 2
初出 住宅新報2012年3月6日号
 ▼
個を守る空間のあり方
 まず、個を守る空間について考えてみましょう。一般に寝室や子供室といった個室では、扉で仕切れば他の部屋と遮断されるので、しっかりと自分の世界を守ることができます。 しかし住宅はホテルの客室のように扉の外が見ず知らずの他人というわけではありません。他の家族と適切な距離が保たれ、個の世界が守られていると感じられればいいので、視線や音の完璧な遮断は必須ではありません。 場合によっては、リビングダイニングスペース(LD)などの家族の共有空間とのつながりを失わないつくりの方がいい効果を生むこともあります。個室で何をするかについて一度考えてみてはどうでしょうか。 たとえば子ども室は、寝る場であり勉強する場であることが多いですが、必ずしも勉強を個室でしなければならないわけではありません。 子どもの年齢にもよりますが、LDで勉強をし、時々親や兄弟に質問する方が勉強を楽しく感じることもあります。子どもが各自小さな寝室を持ち、勉強は兄弟共通の広いカウンターでするという考え方もあります。 このように柔軟に考えていくと、家族の新たな関係がイメージされてきます。
リビングダイニングスペースと個室との対比
 つづいて、LDについて考えます。先ほどのヤマアラシの話で注目したいのが、「体を寄せ合う方が暖かい」という点です。 住宅で考えると、個室に一人でいるよりLDで「一緒に過ごす方が楽しい」と感じられること意味します。そのためには、個室とLDは似たような空間ではなく、双方の特徴の差が明確な方が望ましいといえます。 個室は一人でいるための必要十分な場所と割り切り、広くなく、特段に居心地がよくもなく、一方LDこそ、広くゆとりがあって、何をおいても居心地がいいことが大切です。 個室の面積を絞りその分LDを広くする、個室はあえて天井を低く抑えることでLDの天井が高く感じられるようにするなどメリハリをつけ、両者の個性を対比的にすればするほど、お互いを引き立て合うことになります。
 さらに、個室とLDの配置を工夫すると、両者の役割をより明確にすることができます。たとえば町の広場を家が囲むように、広いLDの周りを小さな個室が囲むような配置にすると、一人一人が家の一員であることが自ずと感じられてきます。 さらにLDを1・2階吹抜の大空間にしてその吹抜と個室との境の壁に窓をあけると、LDと個室との交流が生まれ、両者の関係性が一段と深まります。 複数の個室が廊下にただ並ぶだけではいかにも隣同士という近さが気になるものですが、大きなLD空間と各個室との関係がしっかりと位置づけられると、個室同士の近さは気にならなくなります。
 階段や廊下といった移動の場をLDの中に組み込むことも、とどまる部屋としての個室とそれ以外の家のほとんどの場を包むLDという両者の対比をより鮮明にします。 昨今、家づくりにおいて子どもの引きこもりを防ぐ意味から、玄関からLDを通らないと個室に行けない例が増えてきました。 親の目にふれなければ個室に入れないという機能上の効果はもちろんのこと、LDが家の中心であることが自ずと感じられる点でも効果的だと思います。
 窓の開け方によって、個室とLDとを対比させることができます。個室の窓は機能上必要十分な大きさがあればいいと思います。 一方LDは広がりが感じられるように、大きな窓で庭とのつながりを感じられるようにしたり、空を切り取るように高窓を開けることでさらなる開放感を生み出すなど、個性的で特徴ある空間にしていきましょう。
人をひきつけるLDの工夫
家族がともにすごす中で、食事は特に大切です。食べることは生きる喜びを根底に秘めていて、食事をともにすると人は親しくなり、これは家族でも同じことです。 食事空間を家の中心的な場に位置付け、庭への視界や暖かな光による演出など、特別な場にしていきたいものです。 引きこもりの最たる例として子どもが自分の部屋に食事を運んで食べる孤食が問題になっていますが、そのような発想が生まれないような魅力的な食事体験を小さな時から積み重ねていけるといいと思います。 また、食事をつくるキッチンを家の中心に位置づけることも絆を育むことにつながります。人は暗いところより明るいところ、寒いところより暖かなところが好きです。 キッチンをそういう魅力的な場にすることで、子どもの頃から食事を一緒につくることが楽しいと感じられるようにしてはどうでしょうか。一緒にものをつくるなど具体的な行為をともに経験することは何よりも絆を深めます。
また、LDに象徴的な場をつくることをお勧めします。たとえば暖炉は人を惹きつけ、火を見るだけで心が和みます。また、壁のくぼみにソファを組み込み包まれたようなスペースをつくると家族が自ずと集まってきます。 イギリスでは暖炉とソファが組みあわせになったこじんまりとしたスペースを広いLDの一角によくつくります。「イングルヌック」=「暖かく心地よい場所」(古いスコットランド語)と呼ばれ、家族団らんの大切な場となっています。
『人の絆を育む家』 3
初出 住宅新報2012年3月6日号
 ▼
2世帯住宅の可能性
 次に2世帯住宅について考えてみましょう。ここでも、ヤマアラシのたとえ話は示唆に富んでいます。世帯が別になればたとえ親子の世帯どうしでも適切な距離は必要です。 その距離をどうつくるかは家を建てる前に家族間で十分話し合う必要があります。そこから、何を共有し何をおのおのの家族が別々にもつかが導き出されます。 たとえば、台所や浴室を共有する考え方や、玄関だけ共有し他は全て各々の家族がもつ考え方があります。さらには、テラスや庭などの外部空間だけを共有する場合もあります。 こうなるとマンションのつくりに似てきますが、それでも時折顔を合わせる場を魅力的な空間にしておくだけで、自ずと世帯間の絆は育まれます。 2世帯住宅で別々のキッチンを、テラスをはさんで隣り合う配置にしたところ、テラス越しの料理のやりとりから双方のつながりが促されたという事例があります。 間取りの工夫次第で、いろいろな可能性が広がっていきます。
近隣との絆
これまで考えてきた個を守ることと共感を育むことは、家と町との関係にも当てはまります。ここでは一軒一軒の家が個を守る空間であり、町が共感を育む場と位置づけることができます。 家づくりではプライバシーを守ることに意識が偏りがちですが、周囲の協力なくして自分の家を完全に守ることは無理です。たとえば防犯を考えると、自分を守ろうと塀でがっちりと囲み外から見えないようにすればするほど窃盗はしやすくなります。 一度塀の内側に忍び込むと外から見えないため楽に盗みをできるからです。防犯に強い家とはかたくなに自分を守る家ではなく、適度に外から内側の気配がわかる開放性のある家であり、防犯に強い町とは、どことなく住民の気配や視線が感じられる町です。 住む人の気配が道行く人から感じられるような家が建ち並ぶ町は、近所同士のコミュニケーションが促され、そのことが町の潜在能力を高めます。良好な近隣関係はいざという時に大きな力を発揮することでしょう。
 個の世界が守られ、ともにいることの喜びが感じられる、そういう家づくりやまちづくりを通して、日常の豊かさと非常時の強さとを合わせ持つ住環境が広まっていくことを願っています。
『シックハウスケアの住宅』 1
初出 住宅新報2011年3月8日号
 ▼
社会問題ともなった「シックハウス症候群」。その原因は建材の化学物質やカビが空気を汚すことにありました。
シックハウスにかからない家づくりを実現するためには、通風や換気を配慮したプランづくりから、素材の吟味、予算の調整、そして確実な施工まで、きめ細かな配慮が必要になります。また、建てた後の経年変化や手入れの回数が増えるなど、自然素材ならではの特徴があります。健康に住み続けられる家づくりの基本を紹介します。
シックハウスとは?
 「新築の家に引っ越して体調を壊した。」 こんな話を聞いたことはありませんか? かつては「引っ越しで疲れたから」とか「環境が変わったせい」などといわれましたが、実は住宅内の空気汚染が原因だったのです。 建材や家具から発生する化学物質やカビ・微生物が空気中に発散し、それを吸い続けることで発症する、めまい・倦怠感・頭痛・湿疹・のどの痛み・呼吸器疾患などを総称して「シックハウス症候群」いいます。 他の病気と区別がつきにくく、個人差が大きいのが特徴です。
原因はどこに
 住宅内に化学物質が多量に使われるようになったのは、1960年代の高度成長時代からです。 それまで使われていた木・土・わら・石といった身近な自然素材は、有機系塗料やプリント合板、ビニルクロスなどの「新建材」の安さや施工の簡便さに押され、消えていきました。
 しかし「新建材」の人体への影響については、多くの人が健康を害するまで注目されませんでした。また、省エネルギーのため住宅の気密性が高まったことで、シックハウスの被害はさらに広がりました。 症状は体の弱い人ほど現れやすく、子ども室の増築によって子どもが発症するなどの悲しい例もおこりました。
 このような中、法律で、有害物質を含む建材や防蟻材の使用制限や換気の徹底などが定められました。 現在では流通する建材のほとんどが最も有害物質の含有量が少ないフォースター(4つ星)というグレードであり、事態は改善したといえるでしょう。
 化学物質としてあげられるのが、合板や接着剤に含まれるホルムアルデヒド等の有機溶剤、接着剤や塗料の溶剤であるトルエン・キシレン等の揮発性有機化合物 (VOC)、防蟻材に使われる有機リン化合物等です。 これらの主な化学物質13種について濃度指針値が示されていますが、体質によってはごく微量でも発症するため、指針や基準を満たしているから安全とはいい切れません。 また、建材だけでなく、クリーナー・芳香剤・化粧品等が発症の原因となることもあります。
『シックハウスケアの住宅』 2
初出 住宅新報2011年3月8日号
 ▼
風が通る家をつくる
 シックハウス対策の基本は二つ、一つは「汚染された空気の排出」もう一つは「汚染源を減らすこと」です。第1の「汚染された空気の排出」のために有効なのが通風と換気です。
 通風は、敷地に固有の風向きを調べ、効果的に窓をあけることが大切です。原則として1部屋で2方向に窓を開ける必要があります。生活上も時々窓を開けることが大切です。
 一方、花粉症などで窓を開けられない人は、フィルター付きで吸排気を行う換気扇を設置するなどの対策が必要です。 排気専用の換気扇を回し続けると、気密性の高い家ではほとんど換気せず、気密性が良くない家では、窓を閉じていても建物の小さな隙間から外気が花粉とともに漏れ入ってくることになります。
間取りにおける留意事項
 有害物質の放出量は表面積に比例するので、表面積に比べて部屋の空気量(体積)が小さな部屋、すなわち天井が低い小部屋ほど、有害物質濃度が上がることになります。 また、家を小部屋に割るほど通風は悪くなるので、なるべく部屋を小さく区切らず連続させることが大切です。 吹抜空間では暖かな空気が上昇し換気が促される(重力換気) ので、各室を吹抜空間の周りに配置し、ドアの上をオープンにするだけで通風は格段によくなります。
使用部材の吟味
 2つめの柱である「汚染源を減らす」ためには、使用材料を検討する必要があります。自然素材を使えば危険は減りますが、コストアップを覚悟しなければなりません。 予算に合わせて、どの部分を自然素材にするか、部位ごとに選択し、実現可能な範囲で少しでも危険性を下げていく必要があります。
 家を支える柱や梁は木ですが、流通している木材のほとんどは化学物質で防腐処理されています。また無垢でない集成材や合板には接着剤が使われています。壁や天井内にほどこす断熱材はグラスウールなど化学物質がほとんどです。 これらの見えない材料まで自然素材に徹するとかなりのコストアップとなります。
 仕上材は、直接室内に面するので、まず手をつけるべきでしょう。ビニルクロスのかわりに珪藻土などの左官壁にし、床には無塗装の無垢フローリング材、塗装は柿渋などの自然素材を使うことが考えられます。 ただし自然素材は経年変化が大きく、ひびが入ったり数年で色合いが大きく変わります。また防蟻材や塗料に関しては化学物質に比べて自然素材は耐久性が劣るため、より頻繁なやりかえが必要です。 家は建ててしまえば放っておいていいものと考えず、繰り返し手入れをしていくことで、味わい深く年を経ていくものと考えてはいかかでしょうか。
施工業者との協力
 設計段階で考えつくした家づくりも、施工業者が意図を理解しないといい家は実現しません。家づくりに関わる多くの職人に的確に施工してもらうためには、職人を束ねる現場監督や棟梁がシックハウス問題を正しく理解し、各職人に的確に伝えることが大切です。 また、化学物質の発散は時間とともに減少していくので、完成直後に引っ越すのではなく、2週間程度経ってから住み始めることで被害はだいぶ緩和できます。
 このように設計から施工までこまかな配慮が求められるシックハウス対策ですが、家は生活を支える基盤です。じっくりと取り組んでいきたいと思います。
『住宅の安全性能を考える』 1
初出 住宅新報2011年10月4日号
 ▼
地震・津波・放射能。今回の大震災では、安全と思っていたことの、もろさ、危うさを深く心に刻むこととなりました。身の廻りの安全性が、どういう根拠で決められ、十分信頼できるものなのか、そのことに関心が高まっています。
住宅はどうでしょうか。その安全性の根拠と信頼性について振り返ってみたいと思います。
まず前半では地震について考えます。後半では対照的に、長い時間経過の中で問われてくる安全性について考えます。シックハウス、住み手の高齢化、そして建物の老朽化の3点です。
地震に対してどの程度安全か?・・耐震基準の妥当性
 「どんな地震にも耐えうる絶対安全な家をつくってほしい。」誰もが思う願いでしょう。それでは、現在日本の住宅がそうできているかといわれると、答えはNoです。 今回の原発事故では「想定外」という言葉が繰り返し語られましたが、技術的な安全性とはあらかじめ「想定」された危険に耐えられることを意味し、「想定」を超える事態には、必ずしも安全ではありません。 それでは、建物の耐震基準はどんなことを「想定」してつくられているのでしょうか? また、その「想定」は妥当なのでしょうか?
  戦後大きな地震があるたびに耐震基準は改定されました。そして宮城県沖地震(1978年M7.4、震度5)を教訓に1981年に施行された「新耐震基準」は、現在も耐震設計の基本となっています。 その特徴は、人命を守ることを最優先とし「巨大地震でたとえ建物が使えなくなっても仕方がない、ただし人が下敷きになることは防ごう」ということが主眼になっています。 概ね震度5強までならば地震後も建物は使えますが、6強では建物は傾き、部分的に直すかまたは全面建て直しが必要になる可能性が出てきます。 壊れることも視野に入れ、壊れ方に着眼した基準なのですが、なぜもっと強くつくることを義務づけないのかというと、耐震基準を厳しくしすぎると建設費が高くなり、現実的でなくなるからです。 1995年の阪神大震災、そして今回の東日本大震災では「新耐震基準」から見て「想定外」の被害はありませんでした。人命優先を根本にすえ、耐震性と経済性をバランスさせた「新耐震基準」の妥当性が確認され、現在も有効な基準となっています。
 なお阪神大震災後、一般の建物に比べて簡便な基準で作られてきた木造住宅については、建物の端部に壁や筋交いがないと地震に弱いことため、その部分を補強する基準が加わりました(2000年)。 また、壊れることも視野に入れた「新耐震基準」よりさらに高い耐震性能を住宅にもたせれば、それに応じた高い等級を得られる法律ができました(耐震等級)。 等級が高くなると高い安全性能を得ることができるとともに、保険料その他の優遇が受けられます。(2000年)。
 さて、阪神大震災では多くの建物が倒れ人が亡くなりましたが、倒壊した建物のほとんどが、手抜き工事か、「新耐震基準」ができる前に建てられた古い建物でした。 そこから、手抜き工事を防ぐために中間検査の実施義務など厳しい規則が生まれました。そして既存建物の耐震性能を高めるために行われるようになったのが「耐震改修」であり、その普及のために、行政は様々な補助政策をしています。 もしお住まいの家が「新耐震基準」以前、すなわち1981年以前の基準で建てられたのであれば、「耐震改修」をお考え頂きたいと思います。
耐震改修のしかた
 「耐震改修」をするには、まず、その建物の現在の耐震性能を確かめる必要があります。これが「耐震診断」です。この診断が適切でなければ、その後の工事は意味がありません。 「耐震診断」には経験と専門性を要しますので、「耐震診断士」に頼むことが大切です。「耐震診断士」は建築士の資格を持ち、さらに講習や試験を受けた人が認定され、地方自治体が管理・登録しています。 まずは、自治体に問い合わせてみましょう。その折りは補助金についても確認するといいでしょう。
 「耐震診断」の結果、もし耐震性能が現在の基準を満たしていない場合は「耐震改修」が必要になります。まず「耐震診断」をもとに、耐震性能を高める案を建築士に考えてもらいます。 基本的には壁が不足している部分に、壁や筋交いなど、地震による横揺れに対抗できる構造物(「耐震要素」)を入れていきます。この「耐震要素」をバランスよく配置して、建
物全体としての耐震性能を上げていくわけですが、快適な住環境が犠牲にならないようにうまく設計する必要があります。壁をむやみに入れると閉鎖的な住宅となります。また施工しやすくコストがかからない工夫も大切です。 専門家には知識だけでなく、センスや創造性が求められ、人によって改修案は違ってきます。「耐震診断」をした「耐震診断士」に設計もゆだねてもいいですし、他の建築士に依頼することも可能です。
 次はいよいよ工事です。設計内容を理解して確実に工事をする必要があります。新たにつくる耐震要素と既存建物がしっかり一体になるように施工しないと、耐震性能は高まりません。 また、老朽化の進み具合など、実際に工事を始めてから気付くこともあります。安心できる「耐震改修」工事を実現するためには、耐震改修の設計をした建築士に引き続き、工事監理もお願いすることが望ましいです。
 さて、気になる工事費ですが、概ね100万円から150万円におさまり、200万円を超えるケースは少ないようです(2004 静岡県調査)。 また補助金については、自治体によって補助金が「耐震診断」に出る場合、「耐震改修」が出る場合、その両方が出る場合など様々です。また、構造以外の建物すべてが現行の建築基準法を満たしていないと補助金が出ない場合もあります。 法に合致しない建物に補助金を出すわけにはいかないという考え方のようですが、これでは、なかなか耐震改修がすすまないのではないかと心配です。
 2004年段階で全国の木造住宅の4割は「新耐震基準」を満たしていません(国土交通省試算)。その後も状況は変わらず、危険な住宅は未だに数多く存在しています。改修がしやすいように行政は、さらに補助金を活用しやすくするなどの工夫をしてほしいものです。
 最後に「耐震診断」や「耐震改修」をめぐっては多くのトラブルが報告されていますので、ご注意ください。特に訪問販売等で「無料の耐震診断をします」といった会社には注意が必要です。 診断の結果、口約束のような形で補強工事を依頼し、後で高額な工事費用を請求されるトラブルも少なくありません。トラブルを防ぐには、事前に改修内容をまとめた設計図と工事費の見積書をつくってもらい、内容と金額を確認することが鉄則です。 構造という建物を支える一番大事な部分をいじるわけですから、必ず信頼できる会社に依頼するようにして下さい。
『住宅の安全性能を考える』 2
初出 住宅新報2011年10月4日号
 ▼
シックハウス対策
 地震という突発的な災害とは対照的に、長い年月を住み続けていく中で、徐々に高まる危険が住宅には潜んでいます。ここでは3つのことにふれます。まずシックハウス問題、次が住み手の高齢化、最後が建物自体の老朽化と長寿命化です。
 まず、シックハウスです。正式には「シックハウス症候群」といい、建材や家具から発生する化学物質やカビ・微生物が室内に発散し、それを吸い続けることで病気になることをさします。 症状として、めまい・倦怠感・頭痛・湿疹・のどの痛み・呼吸器疾患などがあり、他の病気と区別がつきにくく、個人差が大きいのが特徴です。
 シックハウスを防ぐ対策は大きく分けて、「汚染源そのものを減らすこと」と「建材等で汚された空気を室外に排出すること」の2つです。
 「汚染源そのものを減らす」ためには、室内に使う素材を注意深く選ぶことが大切です。ビニルクロスや接着剤、塗料などの人工物が汚染源となるため、国は危険性のある主な化学物質13種について、濃度指針値を示し、使用を制限しています(2000)。 これでかなり被害は少なくなりましたが、化学物質は13種以外にも様々な種類があることや、その人の体質によって反応がまちまちなことを考えると、必ずしも万全とは言えません。 確実なのは自然素材を使うことですが、コストがかかるため、どの部分に重点をおくかをしっかり考える必要があります。
 「汚染された空気の排出」のためには、風通しと計画的な換気が大切です。特に自然の力を利用した風通しは、間取りや断面を考える初期段階から案に組み込んでいく必要があります。これらの対策は、建てた後からだと対策が限られ、また、大がかりになります。 住んでいる横で工事をするのでは、ますますシックハウスの危険性が高まりますので、ご注意下さい。
住み手の高齢化への対策
 次は、誰にも避けられない住み手の高齢化です。住宅内事故の内訳を見ると、70才以上が全体の約4割と圧倒的に多く、事故の種類では、転倒が全体の半分近くをしめています。年をとるにつれて、住宅は危険な場所となっていくのです。 転倒を防ぐために重要なのが、小さな段差も含め、足先が引っかかるような床段差をなくすことです。床をいじる工事を後からするのは大変ですので、新築時にこの点は実現しておきたいものです。
 転倒防止に有効なのが手すりです。玄関、廊下、階段やトイレ、浴室など、移動したり立ったり座ったりする場所には、最初は手摺を付けなくとも、将来、手摺を付けられるように壁に下地をいれておくといいでしょう。
 また、扉の付け方にも注意が必要です。たとえばトイレの扉を内開きにすると中で倒れたとき外からあけられなくなるため、外開きか引き戸が望ましいです。 トイレと洗面脱衣室を1箇所にまとめ、将来車いすになったときには簡単な工事でワンルームにできるようにするのも一つのアイデアです。
住宅の老朽化と長期優良住宅
 建物は時とともに感実に老朽化し、耐震性能を含め、いろいろな性能は低下していきます。劣化の度合いを少しでも小さくするためには、骨格をしっかりとつくるとともに、維持管理をしやすくつくることが大切になります。 建物の寿命を長くすることは、そのほかにもいろいろなメリットがあります。ひとつは、解体に伴う廃き物の排出が減り、環境負荷を減らせます。また建設費の負担が減り、経済的な面で建主に余裕が生まれます。 そういう観点からつくられたのが「長期優良住宅」制度です。
 「長期優良住宅」は、200年もつ家をつくろうという目的から生まれた制度で、それに認定されるためには、 1)耐震性 2)耐久性(劣化対策) 3)メンテナンス性 4)住戸面積の余裕 5)省エネルギー性 6)居住環境のまちなみとの調和 という6つのハードルをクリアしなければなりません。 それぞれが難易度が高く、設計や申請にも費用と時間がかかり、さらに工事費としては通常の2割増しほどかかります。そのかわり税控除や長期ローンに関する様々な優遇処置があります。
 6つのハードルのうち、1)耐震性 2)耐久性 3)維持管理 はわかりますが、4)住戸面積の余裕や、6)居住環境のまちなみとの調和は、なぜ必要なのでしょうか。 それは、住宅が200年、つまり3世代以上にわたって受け継がれるためには、家族構成の変化に対応できるゆとりや柔軟性、そして家やまちへの愛着がわくような魅力的な空間づくりが重要と考えるからです。 日本の住宅は欧米にくらべ寿命が短いといわれますが、家の建て替え理由を見ると「住みにくくなった」とか「今の生活に合わない」という建物の耐久性とは関係ない理由が少なくないのです。 いつまでも住みつつづけられる家をつくるためには、物として堅牢なだけでなく生活を受け入れる許容力や、愛着が生まれる空間の魅力なども不可欠といえるでしょう。
 私たちの生命と財産を守る家。身近だからこそ忘れがちな家の役割について、この機会に、振り返って頂ければ幸いです。
『パッシブ発想に基づく省エネルギー住宅』 1
 
 ▼
  東日本大震災と福島原子力発電所事故は、先端技術にたよった現代社会がいかに脆弱であるか、その限界を私たちの心に刻みつけました。エネルギー問題や地球温暖化という大きな課題を前に、最新技術にたよるばかりではなく身近なところから省エネルギーや地球環境の保護につとめようという気運が高まっています。
身近な自然エネルギーをうまく活用していこうという家づくりの知恵や方法について、考えてみたいと思います。
パッシブって何?
 太陽光、風力、波力・潮力、流水・潮汐、地熱、バイオマスなど、自然界には利用できそうなエネルギーが様々と存在します。 この自然の力を利用する方法としては、現代技術を駆使した最先端のシステムから昔ながらの素朴な工夫まで幅広くありますが、自然そのものと向き合う姿勢に注目して整理すると、大きく2つの考え方に分類できます。 ひとつは、機械を使って自然エネルギーをより利用価値の高いエネルギーに変換して活用する方法、もう一つは、自然のエネルギーをそのまま受け入れて利用していく方法です。 前者をアクティブシステム、後者をパッシブシステムといいます。アクティブとは環境に「積極的に働きかける」という意味です。その対語となるパッシブは、環境を「受容する、受け入れる」という意味から、このように呼ばれています。
 具体例を通してこの2つの姿勢を比較してみましょう。たとえば太陽の光を利用する方法です。最近話題の太陽光発電は半導体が組み込まれた専用パネルに太陽光をあてて電気を発生させます。 特殊な機械を使い、光から電気という質の違うエネルギーを取り出す点で典型的なアクティブシステムです。一方、太陽の光で水や空気を暖めてお湯や暖房として利用する場合は、日射熱をそのまま熱として受け入れて利用している点でパッシブシステムに属します。
 アクティブシステムは、より使いやすい質への変換と引き替えに利用価値のない副産物が生まれたり、特殊な機械の製造段階で廃棄物が発生したりします。パッシブシステムは、そこにあるものをそのまま利用することが基本のため廃棄物を出しません。 環境保護の立場と合致したシステムといえます。
 私たちは昔から、このパッシブな方法を身近な生活習慣として身につけてきました。たとえば、窓からの採光、雨戸の開閉、洗濯物の天日干し、風通しで涼をとる、夏の打ち水などです。 これらは身の回りにある自然力を生かし、無駄なく使おうという素朴な感覚、いわば捨てるのは「もったいない」という思いにもとづく生活の知恵といえるでしょう。 この考え方を推し進めて、自然の恵みをさらに有効利用しようという家づくりが「パッシブな発想に基づく家づくり」です。
原因はどこに
 「自然を受け入れる」ということが前提のパッシブシステムですから、まず気候風土に注目すると、日本の場合は、四季の移り変わりが最大の特徴です。住宅は暑い夏、寒い冬の両方に対応できる必要があります。 太陽光を考えると、夏は暑いので日射は室内に入ってほしくないが、冬は寒いので日差しがありがたいと誰しも感じることでしょう。こんな都合のいい要求にこたえてくれるのが庇です。窓の上に庇があると、夏の上方からの日射は庇に遮られて室内には入りません。 逆に冬は真昼でも太陽はあまり高く上がらず日差しは斜めからさすため、庇をかいくぐって室内まで入りこみます。このように庇は、夏冬の日射を上手に制御するパッシブシステムになっているのです(図1)。 庇のこの仕組みは南向きの窓にはあてはまりますが、東や西では効力を発揮しません。夏も冬も横から日がさすので、夏の日差しだけを遮るということができないのです。こういう知恵があったからこそ、日本人は昔から南の日差しにこだわってきたのでしょう。
図1 夏冬の日差しと庇の効果
 太陽光を室内に十分取り入れれば、電灯は使わなくてすみます。この当たり前なことも採光の工夫を意識的に行うとさらに省エネルギーにつながります。たとえばトップライトです。 トップライトは同じ大きさの窓と比べて数倍の明るさを得られるので、たとえば北側の奥まった暗い部屋に設けると一気に明るくなります。ただし、不用意に日射熱まで入れると夏熱くて仕方がなくなるので、注意が必要です(写真1)。
 次は風です。風は気の向くままに吹いているわけではなく、「卓越風向」といって地域ごと季節ごとによく吹く風向の傾向があります。 その特性を知った上で窓を配置すれば、夏の卓越風は積極的に取り入れることで室内を涼しくし、冬の卓越風は防ぐことで室内の暖かさを失わないようにできます。
写真1
 それから緑の働きです。緑は雨水を吸収し、周辺の気温変化を和らげてくれます。土と緑の庭をつくり、そこを通る風を室内に導き入れると、より涼しく感じることができます。 窓先に落葉樹を植えると、夏には茂った葉が厳しい日差しを遮り、葉の落ちた冬にだけ日射熱を室内に入れることができます(図2)。 また、屋上緑化は、水分の蒸発によって夏の日射熱を和らげるとともに、それ自体が断熱材となり無駄なエネルギーの浪費を防いでくれます。
 また、雨水に意識を向けることも大切です。雨水を土に浸透させると、身近な生活環境が潤うだけでなく、緑とともに都市のヒートアイランド現象をおさえてくれます。 また土はためた水を徐々に放流しますので、急激な雨水がそのまま下水に流れる込むことを防ぎ、ゲリラ豪雨に対して効果があります。こういう性能は社会的なエネルギー損失を大きく抑える効果があります。
図2 落葉樹による日射制御
『パッシブ発想に基づく省エネルギー住宅』 2
 
 ▼
パッシプ設備による省エネ対策
 ここまでは基本的な自然力の利用についてふれてきましたが、この考え方をさらに進めたパッシブシステムが存在します。それは日射熱の利用です。 冬でも窓から直射光がさすと、暖房なしで過ごせるほど部屋が暖まりますが、この暖かさは日が沈むと急激になくなります。この暖かな熱を夜までとっておいて有効利用しようということで、いろいろな方法が編み出されてきました。 総称して「パッシブソーラーシステム」と呼ばれますが、どのシステムにも共通しているのが、日射熱を「取り込む(集熱)」「ため込む(蓄熱)」「逃さない(断熱)」の3つの柱から成り立っている点です。
 まず「集熱」、すなわち日射熱を取り込むのは大きなガラス面や屋根です。ただガラス面は室内の熱が逃げる場所ともなるため、複層ガラスにしたり、夜は厚手のカーテンをしめるなど断熱性能を高める工夫が必要です。 次は、熱をため込む「蓄熱」です。どんな物質でも熱をため込む性能を持っており、ため込む能力が高い物質ほど暖まりにくく冷えにくい特徴を持ちます。この能力がとても高いのが水ですが、住宅では土やコンクリートが蓄熱材としてよく使われます。 なお誤って夏場に蓄熱材に熱をため込むと今度は冷えにくいためにいつまでも部屋が涼しくならないので、夏は直射光が蓄熱面に当たらないようにしなければなりません。3つめの柱が「断熱」です。 昼間しか取れない日射エネルギーを少しでも逃げないようにすることが大切です。
 この「集熱」と「蓄熱」の仕方によっていろいろな方法が考えられますが、代表例を4つあげましょう(下図)。 まず、窓からの日射熱をそのまま床に蓄熱する「ダイレクトゲイン」(写真2)、日射熱を壁に蓄熱する「トロンプ壁」、居室の南側にもう一つ温室のようなガラス張りの部屋を設けたのが「サンルーム型」です(写真3)。 また、屋根面で暖められた空気を床下に送り蓄熱するのが「OMソーラー」です。
 
写真2
写真3

 ダイレクトゲイン
 南のガラス窓からの日射熱を床に蓄熱する

 トロンプ壁
 壁に日射熱を蓄熱し、裏側の室内に放熱する

サンルーム型
居室に面してサンルームを設け、適宜居室に放熱する

OMソーラー
屋根面で空気を暖め、
送風機で床下に送り蓄熱する
 さて、部屋を暖めること以外で普及しているのが日射熱の給湯利用です。屋根に設置した配管内の水を日射熱で暖めてタンクにためて使うというのが基本的な方法です。夏冬ともに利用できる点も魅力です。
 さて、このようなパッシブシステムには、窓の開閉、雨戸やカーテンブラインドの開閉など、その場の状況に合わせて人の手が介在する必要があります。 アクティブシステム、つまり機械にたよるのであれば、人間はただスイッチを押すだけの受け身(パッシブ)でいられるのとは対照的です。パッシブシステムを使いこなすには、人間の方が環境の変化に応じて適切に活動、つまりアクティブにならなければならないのです。 その行動は単に自分のためだけではなく、地球環境の保護の一助にもなっている点に注目したいと思います。 パッシブシステムは「Think Globally,Act Locally!(地球規模で考え、身近な場で行動しよう!)」という言葉と深く結びついているといえるでしょう。
住宅の老朽化と長期優良住宅
 最後に「低炭素建築物認定制度」という新たな取り組みにふれます。日本における住宅の省エネルギー施策はこれまで高断熱化、高気密化に集中してきました。 しかし地球温暖化防止のためには住宅の環境負荷を総合的に低減することが急務であることから、この制度はつくられました。認定を受けるには、住宅内の総エネルギー消費量を基準値以下にし、加えて「低炭素化に資する措置」を講じる必要があります。 認定を受けると容積率の割増しや税制面での優遇などのメリットがあります。この制度で興味深いのが、アクティブだけでなく、パッシブシステムも評価の対象になっている点です。 太陽光発電など住宅でエネルギーを作り出したり、最適なエネルギー使用をコンピューターで制御するというような最先端の技術とともに、緑化や雨水利用などが「低炭素化に資する措置」として認められています。 さらに、木造住宅であるだけで、低炭素化に寄与したことになります。木が育つ時に吸収したCO2と燃焼廃棄された時に発生するCO2はバランスされるので新たなCO2発生とは見なさないという「カーボンニュートラル」という考え方に基づく評価です。 木という自然材を生かすことがそのまま環境保護につながるという点で、パッシブな考え方と結びつくと思います。また住宅の長寿命化もそれだけで「低炭素化に資する」と認められます。建物の解体廃棄による環境負荷は大変大きいのです。 建物を長く使い続けようという「もったいない」の感覚は、地球環境を救う大きな手立てになるのです。今後、身近な自然の恵みを生かした家づくりが広がり、地球にやさしい社会が実現していくことを願っています。
『傾斜地に建つ家で夢を実現』 1
初出 パーフェクトハウス2001年5月
 ▼
 1.敷地の地盤面が斜めの場合の建て方
 「傾斜地」には、大きく分けて2つの種類があります。
一つは、宅地の一つ一つは平らで、町全体がひな壇状に造成されている場合。もう一つは、敷地そのものが斜面の場合です。
ひな壇状の土地に家を建てることは、平らな土地の場合とそれほど違いませんが、土地そのものが傾斜している場合については、全く違った発想が必要となります。設計が難しいのは事実ですが、その土地の個性を活かすと、予想もしないような魅力的な住宅を作れる可能性があります。
最初に、斜めの地盤に建てる場合について、考えていきましょう。
半地下タイプと宙に浮いたタイプ
 地盤面が斜めの場合、一番特徴的なのは、建物と斜めの地盤との接し方です。ここに注目すると、斜めの地盤に建つ家には、半分土の中に埋まった建ち方と、宙に浮いたような建ち方の二つのタイプが考えられます。 前者の建ち方では、大地と一体になった安定感、土に包まれた落ち着き、隠れ家のような、守られた雰囲気を作り出すことができます。一方、後者の建ち方には、重力から解き放たれた軽やかさや、空を舞うような開放感を得ることができます。 そして、両方の特徴を合わせ持つような建て方も可能です。
敷地条件を読む
 この二つのどちらを選択するかは、形のイメージや、好みの問題だけではなく、地盤面の条件とか、工事を進める上での敷地状況等、様々な要因を考慮の上、決める必要があります。 例えば、敷地の一部が軟弱地盤で、その土を掘り出さなければならない場合には、掘った所に、そのまま埋めるように建物を作ると、経済的で、その結果、半分土に埋まったような家となります。
 また、敷地の傾斜がきつかったり、大きな岩や木の根があったりして、通常のように、建物全体にわたって基礎工事を行うことが困難な場合は、敷地の何カ所かに、基礎を集中させて作り、 その上に、橋を架け渡すような考え方で、建物を作ると、合理的で、特徴ある家を作ることが可能です。
斜めの地盤に関する建築法規の活用
 建築基準法では、地域ごとに、建物の高さや、階数が制限されています。その基準になるのが、地盤面ですが、地盤が斜めの場合は、建物の外壁と土とが接する部分の平均値を地盤面(平均地盤面といいます)と想定して、高さや階数を判断します。 これに従うと、高さ制限が10mの敷地でも、傾斜地の下の方から見ると、12〜13mもあるような建物を建てることが可能となります。(傾斜地の上から見ると、7〜8mの建物になります)。
 また、階数の基準は、天井高の3分の1以上が、地盤面より低い階を地下階とすることが、決められています。 ですから、傾斜地ですと、後ろ半分が地中に埋まり、前半分は、完全に地上に出ていて、使い勝手では、ほとんど1階と感じられるような場合も、地下階として扱われることになります。 このことを、上手に利用すると、地下階が容積率から除外される特典を組み合わせて、大きな延床面積の家を建てたり、4階建以上が建てられない制限のある敷地で、一番下の階を地下階の扱いにすることで、使い勝手上は4階建てと感じられるような家を建てることもできます。
『傾斜地に建つ家で夢を実現』 2
初出 パーフェクトハウス2001年5月
 ▼
 2.傾斜地一般についての工夫と注意点
 ひな壇状の土地も含めて、傾斜地全般についての工夫や注意事項について考えてみましょう。
眺望と傾斜面の方位
 傾斜地の利点としてまず考えられるのが、眺望です。高い所から、低い方への見晴らしは、ダイナミックな広がりをもち、しかも、覗かれにくくプライバシーを守りやすいという2重の利点があります。しかし、斜面の方位に注意する必要があります。 南に下がる斜面であれば、眺望に加えて、日の光も十分入るので、問題ありませんが、逆に、北に下がる斜面の場合に、通常の感覚で居間を南に向けようとすると、前面の土地が高いため、眺望は悪く、日の光も入りにくくなります。 こういう場合は、思い切って、居間を北側につくるのも、一つの方法です。北に広がる景色には、日がよく当たるため、南向きの景色より美しく見えるものです。さらに日の光はトップライトで補うなどの工夫をすると、魅力的な住空間を実現することができます。
安全性への配慮
a.耐震性について
 地盤面の安全性については、十分な配慮が必要です。第一に、周辺も含めた広い視点から、土砂崩れ等の危険性を調べることが大切です。具体的には、自治体で作成している防災マップの閲覧や、地元の古老に聞く方法などがあります。 続いて、敷地の周りに擁壁がある場合は、図面を入手したり、専門家に調査を依頼するなどして、安全性を確かめて下さい。設計の工夫として、建物自体で擁壁を兼用させる方法もあります。 地盤さえしっかりしていれば、建物本体の耐震性に関しては、平らな土地と変わりはありません。
b.地盤調査について
 傾斜地の場合は、敷地の高い方と低い方で、支持地盤までの深さが違うなど、地盤の見極めが難しいので、しっかりした地盤調査が肝要です。しかも、支持地盤の状況によって、設計が全く変わるため、設計の前に、調査を行う必要があります。 その場合、最低でも、傾斜の上と下の2カ所は、行うようにしてください。
 うっかり見落としがちなのが、ひな壇状の土地の場合です。こういう土地は、敷地の山側は切土、谷側は盛土をしていることが多く、盛土と切土にまたがるように家を建てると、盛土側だけが、沈下することがあります。 必ず、盛土の下の本来の地山の上に建物を載せるようにしてください。具体的には、コンクリートの基礎そのものを深くする方法、杭を打つ方法、盛土を掘削した後に、砂利を入れ締め固める方法等があります。
c.耐風圧について
 傾斜地は、平らな場所に比べて、台風などで、風が強く吹きつける可能性があります。特に木造住宅は、地震と同じ位、風の影響をうけるため、十分に安全を見た構造設計が必要です。また、窓ガラスも、平地の場合より厚くしておくべきでしょう。
d.耐久性について
 建物の耐久性については、斜面に接するため、通風が阻害されやすい土台部分や、半地下の部分については、湿気がこもらないように、配慮する必要があります。
その他の注意事項
a.駐車場
 傾斜地で、頭を悩ますことの一つが、駐車場です。 どうしても、道路と同じレベルに設ける必要があるため、半地下状の駐車場になったり、宙に浮いたような駐車場となる場合があり、それが、他の要因に優先して、設計の出発点とならざるを得ない場合があります。
b.給排水工事
 給水に関する注意点は、前面道路が低い場合です。水圧の関係で、あまり高いところまで水が上がらないことがあり、圧力ポンプなど、特別な設備が必要となる場合があります。 また、排水は、前面道路が敷地より高い場合、1階の排水にもかかわらず、ポンプアップしなければならないようなこともあり得ます。特殊な設備は、工事費のみならず、後々のメンテナンスにも費用がかかるため、できれば避けたいものです。